高次脳機能障害とは、事故などによって脳が損傷を受け、記憶障害、注意障害など、様々な神経心理学的症状が出ることを指します。
1.総論
高次脳機能障害は、身体障害は見られないけれども、言語、思考、注意、学習、行為など、認知障害、行動障害、人格変化などが顕著に出るケースが集積することで判明してきたものですが、MRIなどの画像上で捕捉しきれないことも多く、従来、高次脳機能障害は交通事故被害の救済対象としては意識されていませんでした。
しかしながら、平成13年から自賠責で高次脳機能障害は交通事故被害として認定されるシステムが導入されるようになり、後遺障害等級5級2号、3級3号、中には1級3号など、相当程度に重い後遺障害として認定されるようになり、高次脳機能障害には高額の保険金が支払われるようになってきています。
2.高次脳機能障害の原因
高次脳機能障害は、頭部への強い外力により、脳自体に傷や血腫が生じたり、頭蓋内にできた血腫によって脳が圧迫されるなどした結果、脳の損傷が生じ、脳の機能が破壊されることによって生じます。
特に、昏睡状態が長く続いたような場合は、前頭葉や側頭葉が損傷されていることが多く、人格・性格の変化や記憶障害が顕著に現れます。外傷の程度、損傷部位や範囲によって現れる高次脳機能障害はさまざまです。
3.高次脳機能障害の症状
| 症状名 | 脳損傷部位 | 具体的症状 |
|---|---|---|
| 半側空 間無視 | 頭頂葉 | 自分が意識して見ている空間の片側(多くの人は左側)を見落とす障害。今まで見ていた領域の中のある部分を見ようとすると、その部分の半側をもまた見落とします。具体的には、食事の際に右側か左側の食べ物を食べ残す、ドアを通ろうとしてぶつかる、歩行するとだんだん右側か左側に寄っていくなどの状態がみられます。 |
| 半側身体失認 | 右半球 | 自分自身の身体像が歪んだり、身体の一部を自分のものでないように思っていたり、まひがあるのを認めないなどの症状があります。 |
| 地誌的障害 | 側頭葉 | 地理や場所についての障害で、よく知っている場所なのに道が分からなくなったりします。自宅付近の地図が書けないなどの状態が見られます。 |
| 失認症 | 側頭葉(聴覚失認) 後頭葉(相貌失認、視覚失認) | 視覚失認: 視力や視野は保たれているのに、物を見てもそれが何であるかわからなくなる症状です。またその物の使い方もわかりません。 相貌失認: 家族など、よく知っている人の顔を見ても、誰であるかわからないという症状です。また、相手の表情から感情を読み取ることが出来なくなります。 聴覚失認: 聴力が保たれているのですが、語音の区別ができない、環境音の知覚・認知ができないという症状です。筆談はできます。 |
| 失語症 | 前頭葉(非流暢性失語) 側頭葉(流暢性失語) | 非流暢性失語: ほとんど話しをせず、努力しても流暢に話せず、句の長さは短く、しゃべり方が遅く、リズムや抑揚の乱れがある失語症を指します。 流暢性失語: 流暢に話せるのですが、「とけい」を「めけい」という、あるいは「とけい」を「めがね」というなどの錯語が多い失語症です。 他人の言葉を聴いて理解することが困難になります。 非流暢性失語と流暢性失語の両方の症状を併せ持つ場合もあります。 |
| 記憶障害 | 側頭葉内側 | 比較的古い記憶は保たれているのに、新しいことを覚えるのが難しくなります。日時、場所、人の名前、約束などが覚えられません。 |
| 失行症 | 頭頂葉 | 手足は動かすことはできるのに、意図した動作や指示された動作が行えないという症状です。 観念失行: 一連の動作を順序良く行うことが難しくなるという症状です。 例えば、ポットときゅうすと湯飲みを前にして、お茶を入れようとすると、お茶の葉を入れる前にポットからお湯を注いでしまったりします。 観念運動失行: ひとつの動作を真似したり、言われた通りにすることが難しくなるという症状です。 例えば、「兵隊さんの敬礼をしてみてください」と伝えると、手を上にあげるだけだったり、実際に兵隊さんの敬礼をして見せて、「同じようにしてみてください」と伝えると、バイバイをしたりします。 |
| 注意障害 | 右半球 | ひとつのことに注意を集中したり、多数の中から注意して必要なことを選ぶことがなどが難しくなります。 |
| 遂行機能障害 | 前頭葉 | 必要な情報を整理し、計画し、処理していく一連の作業が難しくなります。見通しを立てて効率よく物事を進めることができません。 |
| 行動や情緒の障害 | 脳全体 | ちょっとした困難でも著しい不安を示したり、逆に興奮して衝動的・攻撃的になったり、一種のパニックのような状態に陥ってしまうことがあります。反対に、自発性が低下して自分からは動こうとせず、抑鬱的になり、引きこもってしまったりします。これらの状態が混在していることがあります。 |
4.高次脳機能障害の診断
1.画像診断等
高次脳機能障害は、外傷によって脳の機能が破壊されることによって発生しますので、脳の損傷が確認されることが必要です。CTやMRI等によって、「挫傷痕」や「出血痕」が確認されれば、診断が可能になるのですが、問題は、「びまん性脳損傷」という神経軸索(神経細胞から延びる細長い突起で、情報を伝導するもの。神経線維ともいう)の切断による大脳機能の全般的な機能低下により、社会生活が困難になっている場合です。この場合、神経軸索の切断をCTやMRIでは直接観察できないため、このような画像上、脳室が拡大し、大脳が萎縮している場合に、「びまん性脳損傷」が生じていると高次脳機能障害として診断されることになっています。しかし、必ずしも脳室が拡大したり、画像上大脳が萎縮していなくても、神経軸索が切断されている場合もあり得ることが、現在の大きな課題です。画像診断だけでなく、脳波検査も活用されています。
2.日常生活・社会生活上の制約
現在、日常生活または社会生活に制約があり、その主たる原因が、上述の記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害に基づくものという認定が高次脳機能障害には必要となります。この参考になるのが、神経心理学的検査です。しかし、神経心理学的検査については、医療機関によってまちまちで統一的な検査法がありません。これらの診断方法については、これまで、一定の知見は得られつつありますが、今後さらなる知見の蓄積や、新たな検査法の開発が期待されています。
高次脳機能障害の現在の診断基準は以下の通りとなっています。
| 診断基準 Ⅰ.主要症状等 1.脳の器質的病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されている。 2.現在、日常生活または社会生活に制約があり、その主たる原因が記憶障害、注意障害、 遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害である。 Ⅱ.検査所見 MRI、CT、脳波などにより認知障害の原因と考えられる脳の器質的病変の存在が確認 されているか、あるいは診断書により脳の器質的病変が存在したと確認できる。 Ⅲ.除外項目 1.脳の器質的病変に基づく認知障害のうち、身体障害者として認定可能である症状を 有するが上記主要症状(Ⅰ-2)を欠くものは除外する。 2.診断にあたり、受傷または発症以前から有する症状と検査所見は除外する。 3.先天性疾患、周産期における脳損傷、発達障害、進行性疾患を原因とする者は除外する。 Ⅳ.診断 1.Ⅰ~Ⅲをすべて満たした場合に高次脳機能障害と診断する。 2.高次脳機能障害の診断は脳の器質的病変の原因となった外傷や疾病の急性期症状を脱した後において行う。 3.神経心理学的検査の所見を参考にすることができる。 |
5.高次脳機能障害の治療
高次脳機能障害の治療は言語訓練や様々の機能訓練、そして薬物療法です。早期のリハビリテーション訓練が有効とされていますが、全ての方に明らかな効果があるとは限らないとされています。中には受傷から長い年月を経て良くなっていくケースもありますが、一般的には受傷から年数の経った場合では良くなる程度に限界があると考えられており、早期の訓練が望ましいとされています。
6.高次脳機能障害に関する福祉制度
運動麻痺などの身体障害を併せもつ場合は、その障害の内容によって身体障害者手帳を取得できる場合があります。また、感情面の症状が強い場合などは、精神保健福祉手帳を取得できる場合があります。受傷(発症)が18歳未満で、知能の低下がある場合は、療育手帳を取得できる場合があります。これらのいわゆる障害者手帳をもつ場合には、その手帳に基づく福祉制度を利用することができます。
