相続財産とは、相続の対象となる財産のことをいいます。被相続人側から見て、「遺産」ともいいます。被相続人の財産に属した一切の権利義務が対象となります。
1.相続財産
1947年(昭和22)改正前の明治民法では、財産相続のほかに、戸主としての身分と「家」の全財産を相続する家督相続などの制度がありました。しかし現行民法では財産相続だけがみとめられ、共同相続が原則とされています。例外的に家の系譜、祭具、墳墓などについては、祖先の祭祀(さいし)を主催する者が単独で承継する、とされています。
1.相続財産に入るもの
権利としては、所有権・地上権・抵当権・質権・占有権(占有権については、最判昭44・10・30 民集 第23巻10号1881頁)などの物権、売買・贈与・消費貸借・賃貸借・請負契約などに基づく債権、著作権・特許権などの無体財産権や社員権があります。
預託金会員制ゴルフクラブの会員権ですが、会則等に会員としての地位の相続に関する定めがない場合でも、譲渡に関する定めがあるときは、会員の死亡によりその相続人は、譲渡に準じて、会員としての地位を取得することができます(最判平9・3・25 民集 第51巻3号1609頁)。
また、相続財産にはプラスの財産だけでなく、借金などマイナスの財産もふくまれます。例えば、連帯債務者の一人が死亡し、その相続人が数人ある場合に、相続人らは被相続人の債務の分割されたものを承継し、各自その承継した範囲において本来の債務者とともに連帯債務者となります(最判昭34・6・19 民集 第13巻6号757頁)。
被相続人が負担していた売主としての担保責任、不法行為や債務不履行に基づく損害賠償義務、契約の解除や取消しを受ける地位、なども相続により承継します。
また現にある権利や義務だけでなく、売買の申し込みをうけた地位や売主としての責任、時効を援用することができる地位など、具体的になっていない権利義務も、すべて相続人に承継されます。
訴訟の対象が相続されるものであるかぎり、訴訟当事者としての地位も相続人に承継されます。
2.相続財産に入らないもの
1.一身専属権
一身専属権は相続人に承継されません(896条但書)。一身専属の権利義務としては、個人間の信用を基礎とする代理権、雇用契約に基づく労働義務、委任契約に基づく事務処理の義務や親族関係を基礎とする扶養請求権・義務、夫婦間の契約取消権などがあります。
生活保護法に基づく保護受給権は、被保護者自身の最低限度の生活を維持するために当該個人に与えられた一身専属の権利ですので、相続の対象にはなりません(最大判昭42・5・24 民集 第21巻5号1043頁)。
2.身元保証、根保証
普通の保証債務は相続人に承継されますが、身元保証の地位は身元保証人の相続人には移転しません(大審院判決昭和2年7月4日)。この身元保証というのは、例えば、身元保証人が勤務先の会社などに対して、その本人の行為によって生じた損害を賠償することを約する保証契約などの場合が典型例です。身元保証債務は他の債務とは違って、個人的な信頼関係に基づく極めて個人的なものだとされますので、特別の事情がない限り相続の対象にはならないのです。
なお賃貸借契約上の債務の保証人が「身元保証人」という肩書きで署名していることがありますが、名称に関わらず、賃貸借上の債務の保証人は、身元保証のように広汎な範囲の責任を負うものではありませんので、この保証人の義務は相続人に承継されます(大審院判決昭和9年1月30日)。
保証の中には、継続的な取引から次々に発生し、また消滅していく債務を、包括的に保証する根保証というものがあります。判例は、継続的売買取引について将来負担することあるべき債務について行った、責任の限度額ならびに保証期間の定めのない連帯保証契約における保証人たる地位は、特段の事由のない限り、当事者その人と終始する(最判昭37・11・9 民集 第16巻11号2270頁)と判示しており、根保証で、期間も限度額も定められていない場合は、保証人の地位は相続されないとしています。
しかし、身元保証の場合であれ、根保証の場合であれ、注意を要するのは、あくまでも相続されないのは保証人の地位であって、相続開始時点で被相続人が具体的に負担していた既発生の保証債務は、通常の債務になっていますので、当然に相続されることです。
3.生命保険
生命保険契約で、被保険者死亡の場合の保険金受取人が相続人と指定されたときは、特別の事情がない限り、被保険者死亡の当時相続人たるべき個人を指定した「他人のための保険契約」と解するのが相当であり、保険金請求権は、保険契約の効力発生と同時に、相続人の固有財産となり、被保険者の遺産より離脱していることになりますので、相続財産ではありません(最判昭40・2・2 民集 第19巻1号1頁)。
死亡保険金の受取人を「相続人」と指定した場合は、各相続人が受け取るべき権利は相続分の割合によることになりますが(最判平6・7・18 民集 第48巻5号1233頁)、これも相続の効果ではなく、相続人各自が固有の権利を有することになるわけです。
また、保険金受取人の指定のないときは、保険金を被保険者の相続人に支払う旨の保険約款があるのが一般ですが、そのような場合は、特段の事情のない限り、被保険者が相続人を保険金受取人に指定した場合と同様に解されることになっています(最判昭48・6・29 民集 第27巻6号737頁)。
4.死亡退職金
死亡退職金の受給権は相続財産に属さず、受給権者たる遺族は、自己固有の権利として取得します(最判昭55・11・27 民集 第34巻6号815頁)。
3.相続財産に入るかどうか場合によるもの
殺害、致死などを受けたときの慰謝料(精神的苦痛の損害賠償)請求権は、かつては、被害者が死亡の瞬間に「残念」と言い残したこと(請求の意思)が必要とされていましたが、現在の判例では、被害者が請求の放棄を表示して死亡したとき以外は、相続人に承継されます。
4.祭祀財産
系譜、祭具、墳墓などの所有権のことをいいます。これは、特別財産として取り扱われ、相続によらない特別の承継が行われます(897条)。祖先の祭祀のために供される祭祀財産については、昭和22年の民法改正前においては、家督相続の対象として、家督相続人によって相続されていました。その意味で、いわゆる「家」の承継の象徴であり、祖名相続とか家名相続と不可分に結合するものだったといえます。現行民法は、周知のように、「家」制度を廃止するとともに、家督相続制度をも廃棄し、近代的な財産相続一本となりました。したがって、現行法の基本思想からすれば、「家」とか「祖名」という祭祀財産についても、通常の財産と同様に扱われるべきことになりますが、現行法は、ここまで割り切ることができず、いわば妥協として、祭祀財産を慣習に従い祭祀主宰者が承継することを認めたわけです。「家」制度の残存と言えるでしょう。
2.相続財産(遺産)確認訴訟
どの範囲の財産が相続財産になるのか、争われることがしばしば生じます。共同相続人間において特定の財産が被相続人の遺産に属することの確認を求める訴えは、適法であるとされており(最判昭61・3・13 第40巻2号389頁)、実務上、相続財産確認訴訟がよく用いられています。この訴えは共同相続人全員が当事者となるべき固有必要的共同訴訟となります。
3.相続回復請求権
本当の相続人が、表見相続人から相続財産を取り戻す権利のことを言います。赤の他人が間違って相続人(妻・子など)として戸籍にのせられていたり、相続人としての資格を奪われた人が相続人として相続財産を管理したり処分したりすることがあります。こういう見せかけの相続人を表見相続人といいます。相続回復請求権は相続権を侵害された本当の相続人だけが、表見相続人またはそれから相続財産を譲り受けた第三者に向かって主張できる権利です。
もっとも、共同相続の場合に、その中の1人が自分の本当の相続分より多く受け取っているときや、共同相続人の1人を全然除外して相続財産の分割をしてしまったときなどにも、この権利によって、公正な分割のやりなおしを求めることができます。
この権利は、訴訟を起こさないで、相手方に直接主張することもできますが、実際には訴訟によるほうが多いです。この権利が主張されると、不動産の場合には、いくら登記が善意の表見相続人や善意の第三者の名義になっていても、本当の相続人に戻るけれども、動産の場合には、表見相続人から譲り受けた第三者が善意のときには、取り戻すことができません(即時取得、不当利得、善意占有者)。相続回復請求権は、相続権の侵害を知ったときから5年の時効期間で消滅し、また相続開始(被相続人の死亡)後、20年を経過すると請求権を行使できなくなります(884条)。
しかし、この5年の消滅時効は、相続人間における紛争においては、実際には殆ど適用の余地がないような運用となっています。最高裁は、共同相続人のうちの一人または数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分を超える部分についても自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、真正共同相続人の相続権を侵害している場合について、その者が悪意であり、またはそう信ずることに合理的理由がない場合には、侵害されている他の共同相続人からの侵害の排除の請求に対し相続回復請求権の時効を援用しえないとしています(最大判昭53・12・20 民集 第32巻9号1674頁)。
さらに、相続回復請求権の消滅時効を援用しようとする者は、真正共同相続人の相続権を侵害している共同相続人が、相続権侵害の開始時点において、他に共同相続人がいることを知らず、かつこれを知らなかったことに合理的事由があったことを主張立証しなければならない(最判平11・7・19 民集 第53巻6号1138頁)として、消滅時効援用者に立証責任を転換しています。
また、共同相続人間だけでなく、第三者にもこの時効援用権の制限を及ぼしています。最高裁は、単独相続の登記をした共同相続人の一人が、本来の持分を超える部分が他の共同相続人に属することを知っていたか、または単独相続したと信ずるにつき合理的事由がないために、他の共同相続人に対して相続回復請求権の消滅時効を援用できない場合には、その者から不動産を讓り受けた第三者も消滅時効を援用できない(最判平7・12・5 集民 第177号341頁)としています。
4.財産分離
相続の開始によって相続財産と相続人の固有財産が混合することを防止するために、相続開始後に相続債権者もしくは受遺者、または相続人の債権者の請求によって相続財産を特別財産として管理・清算する手続です。これは、相続財産と相続人の固有財産の混合によって、ある場合には相続債権者または受遺者の、またある場合には相続人の債権者のこうむる不利益を防止するためのものです。例えば、相続財産が5000万円、相続人の固有財産が2500万円で、Aが被相続人に対して4000万円、Bが相続人に対して4000万円の債権を有していたとすると、混合の結果Aが250万円の損失をこうむる結果になってしまいます。このような場合に財産分離を行って、両財産を別個に清算してこれらの者を保護しようとするわけです。財産分離には、相続債権者または受遺者の請求による第一種財産分離(941条)と、相続人の債権者の請求による第二種財産分離(950条)とがありますが、実際には破産手続が先行し、あまり利用されていない制度となっています。
