現行民法は、マイナスの財産をも含む遺産について、それを相続するのか、しないのか、相続人に選択権を与えています。それが相続放棄、承認の制度です。
1.相続の放棄・承認の意義
相続が開始した後に、相続人がする相続を、受諾する意思表示のことを言います。相続の効果として、相続財産は、被相続人の死亡した瞬間に、相続人に承継されるのが、法律の原則です。
しかし、相続財産には、マイナスの相続財産である債務も含まれますので、相続人の意思も確かめずに、それを押しつけることは不都合です。
そこで法律は、相続の承認および放棄の規定を置いて、相続人が一応生じている相続の効果を受け入れるかどうかの選択の自由を与えています(915条以下)。
承認には、相続の効力を全面的に受け入れる単純承認と、被相続人の債務は相続財産の限度でのみ負担し、その残余財産を承継するという限定承認とがあります。相続の承認(および放棄)はいわゆる法律行為ですので、相続人が無能力者の場合には、法定代理人、成年後見人などの同意が必要であり、同意のなかったときには、後で取り消すことができます。また承認・放棄は、相続財産の全部に対してしなければならず、その一部に対してのみすることは、許されません。
2.相続の放棄・承認の期間
承認・放棄は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから原則として3カ月以内にすることを要し(915条)、それまでの期間は自己の固有財産に対すると同じ注意を用いて、相続財産を管理しなければなりません(918条1項)。この期間のことを熟慮期間といいます。
この、「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続人が相続開始の原因たる事実の発生を知り、かつそのために自己が相続人となったことを覚知した時を指し(大決大15・8・3民集5-679)、具体的には、相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識した時または通常これを認識しうべき時から起算することとされ(最判昭59・4・27 民集 第38巻6号698頁)、相続人が数人いる場合には、この熟慮期間は、相続人がそれぞれ自己のために相続の開始があったことを知った時から各別に進行するものとされています(最判昭51・7・1 集民 第118号229頁)。
この熟慮期間は3ヶ月という非常に短い期間であり、その間に判断することを強いるのは相続人に酷な面がありますので、家庭裁判所に対して伸長するよう請求することができます(915条但し書き)。
3.相続承認
1.単純承認
相続人が、相続財産の承継を全面的に受け入れること。これによって、相続人は、被相続人の権利義務を承継することになり(920条)、あとで取消し(撤回)をすることはできなくなります。そうして、相続財産と相続人の固有財産とは完全に一体化されます。単純承認には特別の届出を必要とせず、限定承認をするか放棄をするかの熟慮期間(3カ月)をそのまま経過したとき、相続財産の全部または一部を勝手に処分したとき、および、限定承認または放棄をした後で相続財産の全部または一部を隠してひそかに消費したり、悪意で財産目録に載せなかった場合などには、単純承認があったものとみなされます(921条)。
この相続財産の全部または一部を勝手に処分したとき、というのは、相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら、相続財産を処分したか、または、少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことが必要とされています(最判昭42・4・27 民集 第21巻3号741頁)。相続開始後に、相続放棄の申述およびその受理前に、相続人が被相続人の有していた債権を取り立てて、これを収受領得する行為は、相続財産の一部を処分した場合に該当するとして、単純承認があったとした判例があります(最判昭37・6・21 集民 第61号305頁)。相続財産について、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸(土地5年、建物3年、動産6ヶ月等の短期賃貸借です)をするにとどまる場合は、単純承認したこととはみなされませんが(921条1項但し書き)、かなり微妙な判断が必要になりますので、弁護士に相談する必要があると思います。
また、悪意で財産目録に載せなかった場合の相続財産には、相続債務も含まれます(最判昭61・3・20 民集 第40巻2号450頁)。
2.限定承認
相続人が相続財産の限度でのみ、被相続人の債務と遺贈を弁済するという留保条件を付けてする相続の承認です(922条)。被相続人にプラスの財産があるので、相続したいけれども、借金がどれだけあるかわからず、相続をしてしまうと、全体でマイナスになってしまう可能性がある場合や、プラスの財産が事業や日常の生活に必要不可欠でとりあえず手元に置いておきたい場合などに用いられます。
限定承認は、相続の開始があったことを知った日(普通は被相続人の死亡の日)から3カ月以内に、財産目録を作って家庭裁判所に提出し、限定承認の意思を申し出なければなりません(924条)。この申出のことを申述といいます。もし、相続人が2人以上いる場合(共同相続)には、全員が共同しなければ限定承認をすることは許されません(923条)。これは、1人だけに限定承認を許すと、清算が複雑になるからです。
限定承認の申立書の書式はこちらです。
限定承認があると、承認後5日以内に被相続人の債権者と受遺者に向かって、一定の期間内(2カ月以上を限って指定する)に債権の申出をしないと清算から除外するという公告をし、それに応じた者に弁済をします。しかし、知っている債権者には別個に申出を促さねばなりません(927条)。弁済は、第1に、抵当権などの優先権を持つ債権者、第2に、一般の債権者、第3に、受遺者、第4に、申出をしなかった債権者、という順序で行います(929条以下)。
弁済をするにつき相続財産を売却する必要があるときは、限定承認者は、これを競売に付さなければなりません。ただし、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、相続財産の全部又は一部の価額を弁済して、その競売を止めることができます(932条)ので、このような方法で事業や日常生活に不可欠な財産を手元にとどめておくことができるわけです。
しかし、限定承認はかなり複雑で煩瑣な手続きですので、あまり利用されていないようです。
4.相続放棄
相続人が、相続財産の承継を全面的に否認すること。現行憲法に基づく民法改正以前は、家督相続が原則だったため、勝手な相続放棄の許されないことがありましたが、いまでは純粋な財産相続となりましたので、放棄は自由に認められています。
ところで、放棄は、家庭裁判所に申述しなければなりません。
相続の放棄があると、放棄者は、最初から相続人でなかったことになり、その者の相続分がほかの共同相続人に、また共同相続人がいないときには次の順位の相続人に承継されます(939条→昭和37年改正)。したがって、例えば、遺産900万円で妻と2人の子が相続人なら、本来は、妻が2分の1の450万円、子A・Bは2分の1の半分ずつ、つまり各自225万円ずつということになります。ところが、Bが放棄すると、Bは最初から相続人でなかったことになり、Aだけが子としての2分の1の相続分450万円を承継できることになります。Bの放棄によって、別系統の相続人たる妻の相続分が増えるわけではありません。この点は、以前から解釈が分かれていたのですが、昭和37年の改正によって、上記のような解釈に統一されました。なお、放棄の場合には、代襲相続が認められず、上記の例で、Bの子Cは、Bに代わって相続することはできません(887条)。したがって、また、子が全員放棄すると、孫が代襲相続できないから、直系尊属が固有の資格で相続人となるわけです(889条)。
相続開始前に相続放棄をすることは認められていません。被相続人が相続人に圧力を加えて相続放棄させるような事態を防ぐ必要があるからです。
5.相続人の不存在
相続人がいるかどうかわからない状態のことです(951条)。いることは確かですが、所在がわからないという場合には、相続人不在とはいいません。相続人不存在のときには、相続財産を一時独立の法人(財団法人)つまり相続財産法人とし(951条)、利害関係人(被相続人の債権者、特定遺贈を受けた者、特別縁故者など)の申立てにより、家庭裁判所で選任した相続財産管理人が財産の管理を行うことになります。
相続財産管理人の選任の申立書書式はこちらです。
この場合、相続人捜索の公告をして6カ月以上の公告期間内に申し出る者がいない場合、相続人の不存在が確定します。相続財産管理人は、相続債権者および受遺者に対して清算手続を行います(952条以下)。こうして、清算したあと、まだ財産が残っていれば、もう一度相続人の出現を待ち、その後、家庭裁判所は、被相続人と生活をともにしていた者や、被相続人を看病した者などの特別縁故者の請求によってその全部または一部を与えることができます(958条の3)。
この特別縁故者とは、被相続人と生計を同じくしていた者、療養看護に努めた者に該当する者に準ずる程度に被相続人との間に具体的かつ現実的な精神的・物質的に密接な交渉のあった者で、相続財産をその者に分与することが被相続人の意思に合致するであろうとみられる程度に特別の関係にあった者をいいます(大阪高決昭46・5・18 家月24巻5号47頁)。
特別縁故者に対する相続財産分与の申立書書式はこちらです。
このようにして、なおも財産が残った場合に、はじめて国のものになります(959条)。
