交通事故に遭った際に、自動車保険はもちろんのこと、社会保険の適用が問題となります。通常、健康保険を使うべきかどうか、という問題は被害者の誰でも考えることになりますし、また、通勤途上の事故であれば、労災保険の適用が問題になります。
1.健康保険
1.交通事故でも健康保険は使える
交通事故では、健康保険が使えないと思われている方が多いようです。確かに、病院は交通事故では健康保険が使われるのを敬遠するところが多いようです。診療報酬について、一般的に保険診療の場合、医療点数が1点10円で計算されるのに対し、自由診療の場合は、単価の設定が病院の自由であり、1点20円で計算されることもあることが影響しているようです。しかし、被害者が自由診療にするか、健康保険を使うかは全く自由です。昭和43年の厚生省の通知でも確認されていますし、判例でも認定されています(昭和60年6月28日大阪地裁判決)。ただし、後述するとおり、労災事故には健康保険は使えないことになっています。
2.健康保険を使うべきか否かの判断基準
健康保険を使うためには、使わない場合に比して、手続が若干煩雑になります。使う場合には、所轄の社会保険事務所宛の「第三者行為による傷病届」を提出しなければならず、また、示談を勝手にしないという念書の提出が求められるからです。
しかし、健康保険を使うと、一般的に、治療費を低額に押さえることができます。このことは、被害者に過失がある場合には、損益相殺の計算の段階で有利に働きます。例えば、治療費が自由診療では200万円かかるところ、健康保険を使った場合、80万円で済んだとしましょう。被害者の過失割合が3割あるケースで、治療費以外の損害が500万円だった場合、加害者に請求できる金額は、
自由診療の場合:
(200万円+500万円)×(1-0.3)=490万円
となり、210万円が被害者負担となります。
保険診療の場合:
(80万円+500万円)×(1-0.3)-80万円=326万円
となり、174万円が被害者負担となります。
以上より、一般に、被害者に過失がある場合は、健康保険を使った方が有利です。
また、加害者が任意保険に加入していない場合、損害額がふくらみ、自賠責の枠を使い切ってしまうと、回収するのが困難になるため、健康保険を使った方が有利でしょう。
2.労災保険
1.労災保険を使うことが出来る場合及びその手続
勤務中に事故に遭った場合は当然のこと、通勤途上で事故に遭った場合でも、労災保険を使うことができます。ただし、通勤の場合は、通常の通勤の経路からかなり寄り道したり、別の用事で通勤経路から外れた場合などは、労災保険は使えません。
労災保険を使える場合、事業主が加入している労災保険を使うことになりますが、事業主が、これに協力しない場合には、被害者自身が、所轄の労働基準監督署に直接申告して、労災保険の支給を受けることができます。
2.労災保険を使うことのメリット・デメリット
加害者が任意保険に加入していない場合などは、加害者の支払能力がなく、賠償金を現実に受け取るのが困難になりますので、労災保険を使うメリットは大きいです。自賠責でも、死亡や慰謝料の限度額が定められていますが、労災保険では、このような限度額はありません(労災では、死亡や7級以上の高度の後遺障害の場合は、受給者が死亡するまで年金の支払が続きます)。また、当然のことですが、被害者は賠償金を二重取りはできません。つまり、健康保険金の場合と同様、労災保険金を受領した場合、最終的な加害者に対する請求額から、既受領のこれら金額は損益相殺によって差し引かれることになります。しかし、労災保険の支給金の中には、見舞金としての性質を有したものがあり、損益相殺の対象にならないものがありますので(休業特別支給金、障害特別支給金)、この点からも、労災保険を使うメリットは大きいと言えます。詳しくは、損益相殺の項をご覧ください。
また、被害者に重大な過失がある場合、自賠責でも過失による減額が行われることがありますが、労災保険では、過失相殺は行われません。
労災事故では健康保険は使えないことになっており、労災保険では現物給付、つまり療養給付を受けることになります。これを利用しないならば、自由診療を受けて、その分を自賠責に請求することになりますが、治療費が高額になってしまうので、被害者に過失がある場合には、過失相殺によって、得られる賠償額が少なくなってしまうことになります。従って、労災事故で、被害者に過失がある場合には、労災保険による療養給付を受けて治療した方がよいことになります。
他方、自賠責では、傷害慰謝料(入通院慰謝料)については、治療費等と合わせ、120万円の限度額で支給されますが、労災保険では、この項目自体がありません。労災保険を先行して使うと、労災から自賠責に求償が行われるのですが、治療費等でこの120万円の枠いっぱいに求償されてしまうと、結果として被害者は傷害慰謝料の支払を受けられないという事態が生じうることになりますので、要注意です。また、後遺障害等級の認定に際しては、労災の場合は医師面談が必要ですが、自賠責の場合は、原則書面審査のみです。
労災では、休業損害に対して、最初の3日分は支給されず、しかも給付基礎日額の60%しか支給してもらえませんが、自賠責では、減収の100%が対象になります(ただし、上述の通り、上限額は治療費や入通院慰謝料と合わせで120万円)。
後遺障害による逸失利益に関してですが、自賠責保険金を先行して受領すると、労災年金は、災害発生後3年以内の期間において、支給されるべき年金額が受領済みの賠償額に至るまで停止されます。しかし、逆に言えば、労災と自賠責の調整は、この3年間に限定されますので、それ以後は、労災による年金給付を被害者の死亡まで受けることができるわけです。
労災保険を先行して使うか、自賠責を先行すべきか、という判断は、実際には事案の内容に照らして、個別具体的に考えていくべきで、かなり複雑かつ困難な判断ですので、弁護士にお問い合わせください。
3.労災保険金の内容
1.療養補償給付
負傷により療養が必要な時に支払われます。
2.休業補償給付
休業せざるを得ず、給料が得られない場合に補償されるものです。休業4日目から給付基礎日額の60%が支給されます。
3.障害補償給付
自賠責では後遺障害に関しては、後遺障害慰謝料も支払われますが、労災では慰謝料は支払われず、逸失利益部分のみが対象になります。
1.障害補償年金
障害等級1級から7級までに該当する後遺障害が残った場合に支払われます。
2.障害補償一時金
障害等級8級から14級までに該当する後遺障害が残った場合に支払われます。
4.遺族補償給付
1.遺族補償年金
被害者が死亡した場合に、遺族に支払われます。
給付基礎日額に、受給資格者の人数ごとに定められている日数を乗じて算出されます。
2.遺族補償一時金
年金を受け取る資格を持った遺族がいない場合に、配偶者、同一生計だった子や父母、その他に支払われるものです。給付基礎日額に、1000日を乗じて算出されます。
5.葬祭料
31万5000円に、給付基礎日額の30日分を加えた額(その額が給付基礎日額の60日分に満たない場合には、60日分)が支給されます。
6.傷病補償年金
療養を開始してから1年6ヶ月経過しても、傷病が治っておらず、それが一定の程度の傷病である場合に支払われるものです。
7.介護補償給付
障害補償年金もしくは傷病補償年金の受給者であり、現に介護を受けている者で、かつ一定の障害がある場合に支払われるものです。
8.特別支給金
一時的な見舞金としての性質を有するものです。
